2017年1月12日木曜日

奥寺先輩がやめていたタバコを吸ったわけ

 飛騨まで来て一生懸命何かを探している瀧くんを見て、普段みんなに好かれる「奥寺ミキ」を演じている奥寺先輩は「自分はこれでいいのだろうか」とやめていたタバコを吸うという解釈を読んでから、「奥寺、入りまーす」「おっつかれさま~♪」のシーンが妙に痛々しく感じられて良いです[1]。

 映画『君の名は。』に登場する奥寺ミキは、主人公(の一人)・立花瀧のバイト先の先輩で、みんなからは「奥寺先輩」と呼ばれて慕われています。中でも男子からの人気は高いようで、瀧の体に入った三葉(以下「三葉 in 瀧」)が前日に奥寺先輩と一緒に帰った為にバイト仲間の男子たち(瀧が「なっ、なんすか……」と言っているところから瀧よりは年上と思われる)から「てめぇ、瀧、抜け駆けしやがって」「昨日お前ら一緒に帰っただろ」「あれからどうなった!?」と詰め寄られています。するとちょうどそこに奥寺先輩が「奥寺、入りまーす」「おっつかれさま~♪」などと声を掛けながら現れ、冴えない男たちは顔を赤らめるのです。

 最初に述べたように、この振る舞いって意識的にやっているような気がしなくもないのですよね。瀧くんが他の男子に問い詰められていれば、昨日自分が一緒に帰ったことが原因だと分かるでしょう。にもかかわらず去り際に「あ、今日もよろしくね。ねっ、たーきくん♪」と言いながらウインクしています(「あ、今日もよろしくね」でみんなに向けて言ったのかと思わせておいて「ねっ、たーきくん♪」で瀧くんに限定する辺りやそこで振り返るところもあざとい)。しかもこれ、後の展開で分かるように、瀧くんが自分に(恋愛的な)好意があることを知っていてやっている訳です。そのようなことを考えると、「奥寺、入りまーす」「おっつかれさま~♪」といった挨拶も、「明るくて頼りになるみんなの憧れの奥寺先輩」を演じているように思えてしまいます。

 奥寺先輩が、三葉 in 瀧に惹かれたのもここに原因があるのかも知れません。「好きだったんだー、私、ここ最近の瀧くん。前からいい子だったけど、最近は特に。なんか、必死で、可愛くって」という台詞にもあるように、三葉 in 瀧の必死に頑張る姿を愛おしく思っていたようです。恐らく、「明るくて頼りになる奥寺ミキ」は、周囲に必死さを見せられないのでしょう。人の目を気にして弱みを見せられない(バイト先では自分より年下の子が多いからという理由もあるのでしょうけれど)彼女にとって、そのような自意識とは無縁の必死に頑張る三葉 in 瀧は、魅力的であり、また自分のあり方について省みさせてくれる存在だったのかも知れません。ちなみに私には(「前からいい子だった」「必死で、可愛くって」などの言い回しから、あくまで後輩や妹のような存在として好きだったのであって)恋愛感情があったようには見えませんでした(勿論あってもいいとは思うのですが)。

 そして着目すべきなのは、この言葉(「好きだった~」)のタイミングです。これは旅館で司くんが「どう思います? あいつの話」と、瀧くんの突拍子もない話に対する意見を聞いた直後に発せられます。つまり回答になっていない訳です。司くんの問い(瀧の話についてどう思うか)に対する回答はその後に述べられます。「瀧くんの言ってることは、やっぱりおかしいとは思うけど――でもきっと瀧くんは誰かに出会って、その子が瀧くんを変えたのよ。それだけは、確かなんじゃないかな」。

 「ここ最近の瀧くん」は、大部分、三葉 in 瀧のことだと思いますが、「なんか、必死で、可愛くって」というのは、入れ替わりが途切れたあと一生懸命に三葉を探す瀧くんにも当てはまりますし、奥寺先輩の言うとおり、「誰かに出会って、その子が瀧くんを変えた」ことは確かです。三葉が瀧くんを変えたのです。

 ここまで話を聞いてようやく前置きされた「好きだったんだー、私、ここ最近の瀧くん。前からいい子だったけど、最近は特に。なんか、必死で、可愛くって」の意味が分かります。瀧くんの言動についての質問へなされた一連の回答は同時に、司くんが瀧くんの話題を振る前に(タバコを吸っている)奥寺先輩に言った「吸うんですね」に対する回答にもなっているのです。

 瀧くんが三葉に変えられた(見ず知らずの土地で必死にどこかの誰かを探している)ように、奥寺先輩も三葉 in 瀧や(その影響で変わった)瀧くんに変えられた、あるいは変えられつつあるのでしょう。だからこそ、やめていたタバコを口にしたのです。

(ミルクティーを飲みながら奥寺に目をやる司)
奥寺「ふふっ、なに?」
司「あぁ、いや、吸うんですね」
奥寺「あー、やめてたんだけどねー」
司「どう思います? あいつの話」
奥寺「好きだったんだー、私、ここ最近の瀧くん。前からいい子だったけど、最近は特に。なんか、必死で、可愛くって。瀧くんの言ってることは、やっぱりおかしいとは思うけど――でもきっと瀧くんは誰かに出会って、その子が瀧くんを変えたのよ。それだけは、確かなんじゃないかな」
旅館の休憩所で話す奥寺先輩と司くん
(2018-01-03 追記)
「瀧くんの〈好意〉について」
 本文中で、瀧くんは奥寺先輩に恋愛感情があるような書き方をしましたが、今改めて考えてみると瀧くんの奥寺先輩への「好意」は必ずしも恋愛感情に(あるいは恋愛感情「のみ」に)基づくものであるとは言えないような気がして来ました。塾に通っていた人はそのときのアルバイト講師などを思い浮かべてもらえれば良いと思うのですが、中高生にとっての大学生って、とても大人で色んなことを知っていて、結構憧れの対象だったりするのですよね。そして相手がそんな「大人」であるが故に、現実的な恋愛の相手として見ない(「見られない」ではない)、しかし「憧れ」であるが故に恋愛感情めいたものを抱いてしまう、ということがありうるような気がするのです。ちょうど、TVで見る芸能人のことが好きだけど、本気で付き合いたいとか付き合えるとかは思っていないのと同じような感覚で。

 とは言え、別に瀧くんが奥寺先輩に恋愛感情を持っていた(しかし三葉との出会いによって少しずつ気持ちに変化が現れた)という話でも良いとは思います。人間の心なんて移ろいやすいものですし、突然田舎の女の子と体が入れ替わってしまうなんてことが起きれば意識せずにはいられないでしょう。

 ただ、瀧くんや周囲の奥寺先輩への視線を見るに、恋心というよりも(もちろん淡い恋心のようなものもあったとは思いますが)「綺麗で優しいお姉さん」である奥寺先輩への憧れという面が強いのではないか(そして奥寺先輩はそのような視線や役割を内面化してしまっていたのではないか)、と思った次第であります。


◇更新情報◇

(2017-07-20 更新)
 「奥寺先輩 タバコ」の検索結果から飛んで来る方が多いようですし、「タバコ」自体も元はポルトガル語(「tobacco」)なので、漢字の「煙草」表記からカタカナの「タバコ」表記に改めました。

(2018-01-03 更新)
 URLを大文字化(capitalization)ルールに従って大文字にしました(なんかそれ以前に英語が怪しい気はします)。
 「瀧くんの〈好意〉について」を追記しました。

(2019-06-30 更新)
 「瀧くんの〈好意〉について」に変更や追記を行いました。
 タイトルの「吸った訳」を「吸ったわけ」にしました。

◇関連記事◇

『君の名は。』地上波初放送 http://nanamine-galley.blogspot.jp/2018/01/your-name.-for-the-1st-Terrestrial-Broadcast.html


参考文献

[1] @cate_mk2, Twitter, https://twitter.com/cate_mk2/status/770951072294637568, 2016年8月31日20時47分.